それは自分の問題か?私が「手放す」意味を理解した話

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私には長いことストレスを感じさせる問題が起きていました。
職場が変わっても、登場人物が変わっても同じテーマの問題が起こるのです。
となれば原因は私自身にあることは明らかでした。

 

しかし、自分としては納得できていませんでした。
その理由は、自分の意図は決して自己本位のものではなかったから。
自分の少なからぬエネルギーを投入して、その相手(環境や組織)に貢献している、役に立っているという実感があったからです。

正しいことをしていると思っていました。
だからいつもやりすぎるくらいやってしまって、その状態を相手が期待するようになる。
私は貢献しているという満足感を覚えながらも、どこかバッテリー不足のような徒労感に襲われていたのです。

 

ライフコーチとして人生の仕組みを考えるようになっても
この意味することが納得できませんでした。
私はここから何を学ぶのだろう。

他人は自分とは違うのだから、自分が思うようには相手は思わない。
つまり自己犠牲は決して報われないということなのだろうか?

 

突然に『答え』は現れました。
瞑想とは厳密には異なりますが、自分の胸にわき上がるイメージを文字にしていく過程で示されたのです。
当初書いていた文章に最近起きた出来事を重ね合わせるインスピレーションがわいて・・

「そうか、わかった!」

長年の問題に決着がついた瞬間でした。

 

ライフコーチ
ライフコーチ

繰り返し起きるなら「未解決の問題」が存在することを示している可能性が高いんですよ

イヤですね~。何度も起きるものなんですか?

ライフコーチ
ライフコーチ

それだけ大事な問題なんでしょうね。本人にとっては一番苦手な問題だったりするかもしれません。でもそれだけ学びも大きいはずです。