ブログをやっていて気になること

SPトーク

私のブログを読んでいると、登場人物が知り合いの誰かに似ている気がして困惑することがあるという妻。こんなこと書いていいのかな・これを読んだらどう思うかなと連想が働いて・・。だから自分ではなかなかやろうと思えないのだと。意外にこういうパターンの人もいるかもしれませんね。

 

ブログを書いていて、具体的な誰かのことだって特定されたら困るんじゃない?

まぁ、そうだね。相手が僕が思っているように思っているとは限らない。場合によっては批判されてると受け取られる可能性もあるね。

固有名詞出さなくとも、住んでいる場所や交友関係から想像つくなんてケースもあるわよ。

確かに。でもね、わざわざ固有名詞を出して書いていない以上、その名前を公開しようとしているわけじゃないという意図はわかるはずだよ。具体的な人物が想像できたとしても、それはその人が多くの情報を持っていたからだし。仮にそれで心がざわめく感じがあったとしたら・・。

ん・・?

そう感じた人の問題なんじゃないかな?
記事がキッカケにはなったかもしれない。でもそこから何を連想して、どういう気分になるかはその人しだいだろう?誰が見ても妥当な判断ならともかく、いつもクレーム電話ばかりしている人を想像してみて。極端な例だけどね。

そっか。本人は正しいと思っているかもしれないけど。

そう、行動まで起こせるのは素晴らしいことなんだけど。でも批判できるネタがあるなら批判しようという態度は、毒々しくも映ることもある。どんな意見でもある段階での見解にすぎないし、簡単に感情を害する人は、それが本人が「正義感に基づくもの」と思っているとしても軽率に見えてしまうよね。

うーん。

わかる部分については同意を示す。異なる意見があれば静かに示せばいい。感情を揺るがせる必要はない。まして魂の成長ということを考えたら、間違っているとしてもその経験に意味があるかもしれない。やはり他人ごとは情報でしかないんだ。大事なコトは自分がどう感じているか、どういう気分でいるかということだよね。

もし自分が批判されたら・・と思ったからなのかな?

もしかしたらね。

自分が批判されたら面白くないのは間違いない。こればかりは自分が感じることだから間違いようがない。

自分の意見や考え・感じ方をブログで表現することは、一つのバリエーションを示している。それは同時に他のバリエーションを選択している人とは違うことを表明することでもある。同意してくれるのは少数派かもしれないよ。

ある意味、仕方のないことなのね。だから気にしないほうがいいということか。わたし、何を怖がったんだろう?

もしそういう気持ちになったら、もう一度記事を読んで、なぜ自分にそういう反応が出たんだろうと観察してみればいいんだよ。

例えば「誰にも理解されなくて」というグチ満載のブログに無性に腹が立ったら、自分の過去の経験にも似たようなことがあったかもしれない。まったく無関係のことには、感情までそう動かされないものなんだ。